体験設計

あなたのサービスが分かりにくいのは、あなたが世界一詳しくなったからだ

あなたのサービスが分かりにくいのは、あなたが世界一詳しくなったからだ のイメージ

あなたの作ったサービスは分かりにくい。

いきなり失礼な話だがこれは高い確率で当たっている。そしてもっと残酷なことを言う。分かりにくくなった原因はあなた自身だ。あなたがそのサービスを世界で一番理解してしまったから、初見の人がどこで詰まるのかが見えなくなった。それだけの話だ。

これには名前がついている。知識の呪いだ。一度知ってしまった人間は、知らない状態がどんなものだったかをもう本気では思い出せない。

あなたの頭の中の地図は、ユーザーの画面に存在しない

あなたはトップ画面を見た瞬間、何を押せばどこへ行き、どんな価値が待っているかを全部わかっている。当然だ。設計図を引いたのはあなただ。だからボタンが少々不親切でも、文言が曖昧でも、流れが飛んでいても、あなたの脳が勝手に補完して綺麗に通る。

でも初見のユーザーの画面には、その地図がない。あるのは目の前のピクセルだけだ。あなたが「ここを押せば次に進むのは見れば分かる」と思っているその画面を相手は3秒見て、わからなくて、閉じる。

ここで一番怖いのはあなたには永遠にその瞬間が見えないことだ。あなたは絶対に初見に戻れない。一度覚えた地図は消せない。だから「これくらい分かるだろう」という感覚はもう一切信用できない。あなたにとっての"自明"は、ユーザーにとっては全部"?"だと思え。

自分の感覚が壊れている。まずこれを認めるところからしか始まらない。

「これくらい分かるだろう」は全部、嘘だ

具体的に何が起きているか。

あなたは平気で専門用語を使う。「ワークスペースを作成」「プロジェクトをデプロイ」「トークンを発行」。あなたには日常語だが、初見には呪文だ。サービス内でしか通じない独自の名前を説明なしに最初の画面に置いていないか。

省略も罠だ。あなたは「ここは流れで分かる」と判断して一文を削る。その一文が初見にとっては唯一の手すりだったりする。あなたが「くどい」と感じて消したものほど、ユーザーには必要だった可能性が高い。あなたの「くどい」の基準は世界一詳しい人間の基準だからだ。

そして導線。あなたは登録から最初の成功体験まで、目をつぶっても辿れる。だからその間に挟まる手間や迷いそうな分岐を「大したことない」と評価する。違う。初見にとっては一歩ごとに離脱の崖がある。

何を足すかではない。初見の脳が何でつまずくか。それを見るのが体験設計の入り口だ。

初見の目線を、力ずくで取り戻す

戻れないなら、戻すための手段を外から持ってくるしかない。精神論ではなく作業として初見を奪い返す。一番効くやり方から書く。

他人に黙って触らせて、横で観察する。 これが最強だ。友達でも家族でもいい。一つだけルールがある。あなたは喋るな。「そこを押して」も「あ、それは」も全部禁止だ。あなたが口を出した瞬間、その人は初見でなくなり、あなたは何も学べない。手が止まった場所、マウスが彷徨った場所、眉が動いた場所。それが全部、あなたのサービスの傷だ。黙って耐えてメモを取れ。

説明文を全部隠して、画面だけで意味が通るか試す。 ヘルプ、ツールチップ、オンボーディングの案内文。それを消して、画面そのものが語れているか見てみろ。通らないなら、あなたは「文章で殴って」操作を成立させていただけだ。初見の大半は説明文を読まない。読まれない前提で成り立っているかを問え。ついでに、自分が自信を持って書いた一語ほど疑え。その単語、社外の人が読んで分かるか。その自信こそ知識の呪いが濃く効いている証拠だ。

最初の30秒だけを、何度も見る。 初見が去るか残るかは冒頭で決まる。トップから最初の操作までの30秒を、動画に撮るくらいの気持ちで繰り返し見る。何を押させたいか。一発で伝わるか。30秒の密度にサービスの生死がかかっている。

3つだ。多すぎると一つもやらない。まず1つ目をやれ。

「見せるのが怖い」が、最初で最大の壁だ

ここまで読んで手が動かない人がいる。やり方の問題じゃない。人に触らせること自体が怖いんだ。

分かる。自分が時間をかけて作ったものを、目の前で詰まられ、迷われ、無言で閉じられる。これは普通に痛い。完成間近でお蔵入りさせてきたなら、たぶん技術で詰まったんじゃない。この怖さで止まった。

だから言う。その怖さは消えない。慣れもしない。だが順番が逆だ。今あなたが守っているのは「まだ誰にも否定されていない作品」という状態であって、サービスじゃない。誰にも触られないものは誰の役にも立っていない。否定されないことと、価値があることは、別だ。

怖さを小さくする方法はある。一番優しい相手を一人だけ呼べ。完成版じゃなくていい。「途中なんだけど触ってみて」で十分だ。詰まったらそれはあなたへの否定じゃない。直すべき場所が一個見つかった、というただの情報だ。痛いのは最初の一人だけだ。二人目からはそれが当たり前になる。

傷を見つけた後、どう直すか

観察は終わった。詰まりポイントが3つ4つ出たとする。ここで全部一気に直そうとしてまた手が止まる。だから順番を決める。

優先順位は単純だ。「最初の成功体験までの間で詰まった傷」から直す。 登録、初回設定、最初の一回。ここで止まった人は二度と戻ってこない。一方で機能の奥のほうで起きた小さな迷いは後回しでいい。そこまで辿り着いた人は、もうあなたのサービスに少し馴染んでいる。同じ「詰まり」でも入口の詰まりと奥の詰まりは重みが違う。

次に、直し方は基本「足す」より「消す」だ。説明文を増やしたくなるが、それは「文章で殴る」に逆戻りする。まずその手間や分岐を消せないか考える。消せないなら、文言を初見の言葉に書き換える。それでも無理なら、最後の手段としてガイドを足す。この順番を守れ。説明で塗り固めた画面は、次の初見でまた詰まる。

一個直したら、また一人呼ぶ。直した場所が本当に直ったか、別の初見で確かめる。この往復だけが、壊れたあなたの感覚の代わりになる。

最後に

ここまで読んで「うちのは説明しなくても分かるから大丈夫」と思ったなら、それは世界一詳しい人間の判断だ。判断材料としてあまり信用できない。確かめる方法は一つしかない。あなたじゃない誰かに触らせることだ。

あなたの頭の中には立派な地図がある。流れも、意図も、こだわりも全部入っている。でもユーザーの画面に映っているのは、その地図ではない。文言と、ボタンと、余白だけだ。あなたの脳内は誰にも見えない。

分かりにくさは才能の欠如ではない。理解しすぎた副作用だ。だから直せる。怖いのは分かる。それでも、今すぐ一人呼んで、黙って、触らせろ。あなたが一番見たくない場所で、その人の手は止まる。そこがスタートラインだ。